人気ワインバーの厨房に潜入!

~ワインバーの料理を1人で切り盛りする日本人シェフ~



人気パティスリーの日本人シェフに教えていただいた、バスティーユからほど近い、隠れ家的ワインバー「Resto ZINC」。ここの厨房をたくましく守っているのは、ひとりの日本人シェフです。


★本日の料理人
高橋礼継(たかはし・まさつぐ)さん

老舗フレンチ「モナリザ」や「Ohara’s」(両レストランとも、現在ミシュラン星つき)などでの修行を経て、2006年に渡仏。渡仏後、いくつかの星つきレストランや有名レストランで仕事をするものの、フランスに来てまで日本人に囲まれて働くことに少し疲れ、息抜きに、フランス人スタッフだらけのワインバー「Resto ZINC」で働き始めた高橋さん。短期間の予定だったはずが、ワインバーの厨房をひとりで仕切り、そろそろ3年半が経とうとしています。今日は、そんな高橋さんにいろいろお伺いすることにしましょう。


◆社会人野球プレーヤーから、料理人へ

高校卒業後は、社会人野球プレーヤーとして活動。まだそのころは、料理人になるとは微塵も思っていなかった高橋さん。約1年経ったころ、製菓店を営む叔父から「しっかり手に職をつけなさい」との言葉を受け、今後の自分自身についてゆっくり考える機会を持てた、といいます。どうせ手に職をつけるなら好きなことに絡めようと、食べることが好きだった高橋さんは料理人への道を思い立ちますが、さてはて、どんな料理を学ぶべきか。「実家がラーメン屋なので、中華?とも思いましたが、いや、おいしいイタリアンを作ってみたい、と。でも、イタリアンレストランを探しても、当時、地元ではいいところが見つからなくて。それで、フレンチ(笑)」。ここだと思ったフレンチレストランに、お父さまと2人で修行のお願いに頭を下げに行ったそう。かくして、高橋さんは、19のときに体育会系料理人への一歩を踏み出すのです。


◆地元の仙台から東京へ

まず1年目は、サービス担当としてフランス料理に親しみ、2年目から料理人として厨房へ。クラシックなフランス料理、偉大なシェフであるエスコフィエに忠実な料理を学べたこの厨房での2年間は、今でも高橋さんの原点であり、オーナーシェフは高橋さんにとっての大切な先生だといいます。ひょんなきっかけで入った料理の世界でしたが、「やってみたら予想以上におもしろかった」と、にっこり。そんなある日、東京に出た高橋さんはお姉さまと老舗の洋食屋で食事をとり、オープンキッチンに見える料理人の動きのスピードに大きな衝撃を受けます。「それは、地元にはないスピード感でした。その中に自分も入るべきだ、このままではいけない、と思いましたね」。こうして高橋さんは、自分を高めるために東京に出る決意をするのです。


◆2本の包丁からのメッセージ

東京へ出てからはガイドブックを見てひたすら食べ歩き、自分の舌で味を確かめ、自分の働きたいレストランを定めました。念願かなって学びたいシェフの下で働くも、ステップアップのため2年後には老舗「モナリザ」へ。ここでは、超長時間労働に加え、やりたいことをなかなかやらせてもらえない悔しさで、とにかく体力的にも精神的にもハードだったそう。負けず嫌いな性格と意地でなんとか続けていたものの、「反抗期だったんでしょうかね、どうもシェフとうまくいかなくなってしまって。ある日、『料理は向かないからやめろ』と言われました。がんばっているのになんでだろう、というやり場のない思いでしたね。それから3日間考え、『分かりました、料理はやめます。就職します』と。けれども、包丁を片付けているとき、4本のうち2本が両親からのプレゼントであることにハッとして、やめてはいけないと強く思ったんです」。2本の包丁のメッセージは、高橋さんを我に返らせました。


◆フランス行き決意、そして資金集め

料理に対する思いを再確認し、気持ち新たに渋谷の小さなレストランで働いていたときのこと、かつてフランス在住だったという常連の女性の「フランスではにんじんの屑までもが、おいしく食べられた」という言葉に、「僕はフランスの食材をまだ知らない。フランスの食材で料理がしたい」とフランス行きを決意した高橋さん。それからは、渡仏資金を貯めるハードな日々が始まりました。フレンチレストランはもちろん、コーヒーショップのレジ係や新聞配達まで、時間を見つけては、ありとあらゆる仕事をこなしました。そしてようやく準備が整った2006年、海外初にして、フランス長期滞在へと踏み切るのです。


◆ガストロノミーからワインバーへ


パリ郊外のレストランの仕事で始まったフランス生活。決していい環境とはいえないレストランの屋根裏での、1年半の暮らし。それから南仏トゥーロン、美食の町リヨンでの修行を経て、パリへ。大きなチャンスが潜んでいるパリ、士気を高めて2つ星レストラン「Le Relais Louis XIII」や7区の「Chez Les Anges」などのガストロノミーレストランでの仕事に就くものの、気づけば、フランスに来てまで日本人に囲まれて仕事をすることに少し疲れを感じ始めていたという高橋さん。フランスでおいしいと評判のレストラン、特に星つきレストランともなると、ほぼ確実に日本人の料理人が活躍しています。日本人から離れるとすれば・・・?そして、気分転換にひと息つこうとやってきたのが、ここ「Resto ZINC」なのです。


◆料理スタイルの変化

「たとえ僕が真面目にやっても、仕事半分・趣味半分でお店をやっている感じのオーナーとは温度差を感じ、ぶつかり合いもたくさんあって、初めのうちはやる気が出ませんでした。でも、僕としても、息抜きで来ただけだし、それでもまぁいいか、と」。ところが、今までのガストロノミーレストランとは違う客層を目の当たりにしていくうちに、「今までやってきた料理は、ほんの一部の人が食べるもの。大多数の人たちが口にする料理をもっと知りたい、その感覚をもっと学びたい、と思うようになったんです」。突き詰めていくうちに、料理のスタイルはとことんシンプルに変わったそう。高橋さんの料理を味わってもらおうと、今まで料理メニューには全く力を入れていなかった「Resto ZINC」でも日替わりメニューを出すようになりました。メニューの考案を任されているのは、もちろん高橋さん。ここでは、お客さまの反応がダイレクトに伝わってきます。お客さまが厨房のドアを開けて、「シェフ、うまかったぞ!」「これ、良かったぞ!」ということも珍しくありません。お客さまのダイレクトな声がすぐそこにあるからこそ、料理する腕にも自然と力がこもるようになったといいます。短期間だった予定を変更し、高橋さんがもう少しここでやってみようと思った理由は、そんなところにもあるのかもしれません。


◆お料理、拝見!

それでは、ここで高橋さんがお料理する手元を少し覗かせていただくことにしましょう。
ゴロンと大きなお肉、そして野菜もたっぷりのメニューです。材料は、仔牛肉、グリンピース、にんじん、マッシュルーム、トマト、エシャロット。さて、乞うご期待。




「味を引き出す塩と、味を補強する塩がある」と、塩ひとつでも計算しつくされたタイミングと量をしっかり見極めている高橋さん。もうそろそろ、お料理が仕上がります。


仔牛のロースト、たっぷりのグリンピースを添えて出来上がり!おいしいワインと一緒に召し上がれ。
約120℃の低温で一時間ほどじっくり火を入れた仔牛の肉は、うまみがぎゅっとつまっていて、とにかくしっとり柔らか。にんにくとタイムの香りも最高。「焼きあがったあと、ホイルに包んでおくとしっとりしますよ」と、高橋さんからワンポイントアドバイス。早速、メモ!


◆今後のプロジェクト

庶民的で和やかな雰囲気の中、いわゆるビストロ料理を作れることは楽しいとはいえ、「ここはワインバー。基本的に、料理よりもワインがメイン。自分の可能性を伸ばすには限界を感じている」という高橋さん。そんな高橋さんの気持ちを汲んだオーナーのヤンさん(写真左)は、料理に対する真摯な高橋さんの姿を評価し、もっと料理に力を入れた別のレストランをオープンする計画を立て始めてくれたのだそう!オーナーの出身地方の料理をメインに展開、地方特産のアルコールも充実させたレストラン。厨房も一人ではなく、チームを組むことになるでしょう。少しずつ、計画は進んでいます。そこで高橋さんがシェフとしてのびのびと力を発揮する日も、そう遠くはないかもしれません。

ところで、体育会系料理人の高橋さん、料理を始めてもやはり、野球からは離れられませんでした。パリで「チョコボール」という野球チームを作り、休みの日には仲間と運動!日々のモチベーションアップには欠かせない存在なのだそう。プライベートも充実してこそ、仕事にも精が出るというもの。高橋さんの今後のますますの活躍が楽しみです。


★Resto ZINC
73 rue de la Roquette
75011 Paris
Tél : 01 43 48 90 98
営業時間 : 17 :30~翌2 :00(料理は 19 :30~ 0 :00)
定休日 : 日(但し、10~3月は日も営業)、月
最寄メトロ : 9号線Voltaire

http://www.lesmarcheursdeplanete.com/


文 : 内田ちはる
写真 : 新村真理