肉食の街フィレンツェ vol.1 トスカーナ地方のジビエ

フィレンツェ料理は至ってシンプル。

素材を生かし、食材を無駄にしない。

フィレンツェの食を語るに欠かせない肉料理には多種多様な肉が主役を担い、牛豚鶏をはじめ兎や七面鳥、羊、ジビエなどが日常的に消費されている。内臓料理も多い。

この連載では、フィレンツェで親しまれている素朴な肉料理に注目したい。


滋味豊かなジビエの特性を生かしコトコト煮込む

◆トスカーナ地方のジビエ

晩秋から冬にかけて、フィレンツェのレストランのメニューにジビエ料理がよく登場する。狩猟によって捕獲された野生の鳥獣の肉や料理のことをイタリア語でセルヴァッジーナ(Selvaggina)或いはカッチャジョーネ(Cacciagione)と呼び、キジ、ウズラ等の鳥類と野兎、猪、鹿類等の獣類を総称する。種類は多い。例えば鹿はノロジカ、ダマジカなど日常的に耳にする。トスカーナ料理には数々の伝統的なジビエ料理があり、その時期を待ち望んでいる人は少なくない。今回はフィレンツェ人の食生活に浸透しているジビエ料理の魅力を探ってみたい。

◆伝統料理に注ぐ情熱



取材したのは、ドゥオーモから東へ徒歩10分程のトスカーナ料理のレストラン。周辺には色大理石による直線的な模様が尊厳な印象を与えるゴシック様式のサンタ・クローチェ教会があり、ミケランジェロをはじめ多くの著名人が眠っている。また6月には、教会前の広場で古式サッカーが開催されることでも有名だ。



店名の「ラ・ペントラ・デッローロ」(La Pentola dell’Oro)は黄金の鍋という意味。このレストランで腕を振るのは、フィレンツェの伝統料理研究家としても著名なベテランのジュゼッペさん。陶芸、 音楽の仕事に携わり、夫婦で総菜店を始めて料理の世界へ。以後20年以上料理とその歴史に情熱を傾ける。伝統料理を研究する上で、幅広い時代の文献を調べ る。そこに記述されているレシピを再現し、ジュゼッペ風のアレンジを加えて彼の伝統料理が完成する。そして、「二人いて一人前、料理を続けてこられたのは ひとえに妻のお陰だ。」と語る愛妻家だ。オーナーシェフとして長く手腕を発揮したレストランにて、現在は経営を若者に任せ伝統料理を作ることに専念してい る。



ラ・ペントラ・デッローロには2つのダイニングがある。扉の開けると目の前に厨房があり、左側がカジュアルな「イ・ベットリーノ」(I’Bettolino)。ランチタイムにはお手頃な料金のメニューを数品日替わりで出している。一方、右側の扉に続く階段を地下に降りる「ロ・ストゥディオーロ」(Lo Studiolo)では、夕食にジュゼッペさんがじっくり時間をかけて作った伝統料理の数々が味わえる。その中から2品を紹介したい。


◆トスカーナ伝統のジビエのパスタ

野兎のラグーのパッパルデッレは最も代表的なパスタ料理。パッパルデッレはトスカーナ伝統の幅広のロングパスタで、小麦粉に卵を加えて作られる。濃厚なソースと相性が良く、猪や鹿のラグーを和えるパッパルデッレも定番。

長いレシピをざっとまとめよう。野兎は頭部や内臓を取り除き、切り分ける。よく洗って、水につけておく。一方たっぷりの香味野菜を細かく刻んでよく炒める。野菜に野兎を加え、ハーブのソースを混ぜながら色づくまでじっくり炒める。トマトを入れて煮込む。火を止める前に胡椒とスパイスで味を調え、数時間休ませる。その後余分な油分や脂肪を取り除く。野兎の肉を出し、モモなど後部の肉厚な部位は別にしてセコンド(メイン料理)に。前部の肩やロースの骨を取り除き、細かく刻む。ソースの入った鍋に戻し火をかけ、アルデンテに茹で上がったパスタに和える。


野兎のパッパルデッレ

Pappardelle sulla lepre

兎は淡白な味で食べやすいが、野兎は臭みが強く癖のある味が特徴。しかし臭みどころか、煮込みにより野菜やハーブ、スパイスと一体化した香りが食欲をそそる。コシのあるパッパルデッレにしっかり絡んだ野兎のラグーは実に味わい深い。読者の皆さんに野兎の肉をイメージしていただけるよう、ジュゼッペさんがセコンドの「野兎の煮込み」になるモモ肉をパスタに添えてくれた。


◆猪肉の煮込み

トスカーナ地方では猪肉をトマトと煮込むのが一般的だが、ご紹介するのは17世紀後半のメディチ家の宮廷レシピを元にした一品。ジビエは狩猟ができる貴族の間で最も愛された伝統的な食材で、新世界から持ち込まれたカカオと果物の砂糖煮を使って煮込んだ贅沢な料理だ。猪の肉は豚肉と似ているが、野生ならではの風味が特徴。イタリア料理に甘酢煮込みは一般的に普及していないが、その歴史は意外と長い。甘酢は「アグロ・ドルチェ」というが、この猪の料理は敢えて「ドルチェ・フォルテ」と名付けられている。前者よりも甘みと酸の度合いが強くメリハリがある。甘みは蜂蜜、ブランシュガー、果物等から、酸はワインミネガーや柑橘類、生姜などさまざまな素材を使って味に厚みを出している。


猪の甘酢煮込み

Cignale dolce-forte

まずお皿から立ち上がる香りが良い。長時間の煮込みにより、肉は柔らかくソースにしっかり馴染んでいる。唯一干葡萄の粒が見えるチョコレート色のソースは僅かな苦みを伴うカカオの味が口の中で広がる。濃厚な味わい。甘さ、酸味、塩味、苦み、全て存在感があるが、バランス良く調和している。肉の特性を生かしたパンチのある料理だ。



◆晩秋から冬に味わうジビエ


野山を駆け巡る野生の鳥獣。その肉は栄養価が高く、独特の風味を持ち合わせている。しかし素材をよく知る人の手に掛かれば、その旨みを生かした料理が出来上がる。ジビエ独特の匂いや味を消すのではなく、むしろそれに調和する味付けや調理をするからだ。また煮込んだ野兎を部位によってパスタのソースとセコンドに効率良く使い分けるのは、食材に対する愛着と伝統が育んだ知恵だろう。北風が寒さを運ぶ季節に地元の赤ワインと合わせてじっくり味わいたい料理。手の込んだジビエの煮込みは体をしっかり温めてくれる。ジビエは紛れもなくこの地に根付いた季節の風物詩に違いない。


La Pentola dell’Oro

Via di Mezzo, 24

Tel. 055 241808

www.lapentoladelloro.it

営業:12:30 – 15:00 19:30 – 23:00

日曜休み


取材、文、写真: 奥村 香織