ウィーンのお菓子とお菓子屋さん「デーメル」


クリームチーズスフレのトルテ

ウィーンでは一口に「ケーキ」と言っても、「トルテ」「クーヘン」「シュニッテ」などいろいろな呼び方があり、ある程度区別があります。「~トルテ」と名の付くものはたいてい丸型で、生地の間に何段か層になってクリームやジャムなどがはさんであり、上面や周りをフルーツやナッツ、チョコレート、クリームなどで飾った、いわゆるデコレーションケーキの類。それに対し「クーヘン」は、チョコレートなどでコーティングがしてあるものもありますが、焼いたあとで何かはさんだり飾ったりしていない、パウンドケーキ タイプのケーキです。果物を生地にのせたり混ぜて焼いたフルーツケーキも「クーヘン」と呼ばれています。


五線譜とト音記号がついたモーツァルト シュニッテ

「一切れ」という意味の「シュニッテ」は形に関するもので、たいてい角型に焼いたものを切り分けた平形をしています。果物やクリームをのせたオープンサンド風のものや、中にクリームやジャム、果物などの層があって内容的にはトルテと同じものもあります。まるごとのトルテはなんといっても華やかですが、シュニッテは切り分けたときに丸型のトルテよりも安定していていただきやすいと言えます。


フランス風コーヒークリーム トルテ

こちらのトルテの焼き型はかなり大きく、道具屋さんで一般に見かけるもので直径28センチあります。その12等分が標準的な1個。つまり丸ごとのトルテを十字型に切ると4等分になりますが、そのひとつをさらに3つに分けた大きさです。お店やケーキの種類、厚さによって違いますが、8等分ものもあり、日本のサイズと比べるとかなりの食べごたえです。ただ最近の傾向としては、一切れが小さくなってきました。カロリーを気にする健康志向になってきたことはありますが、4等分をさらに4つに分けて16等分にしたり、焼き型の直径を縮小したり、その主な理由は要するに実質的値上げですね。


材料は日本で通常手に入るものとは質が違うものがあります。例えば小麦粉は日本のように薄力粉、中力粉、強力粉のような分類はなく、glatt(細粒)とgriffig(粗粒)、さらにタイプ480、タイプ700、あるいはユニバーサルなどに分かれています。食塩も岩塩なので、日本の塩と味をくらべるとしょっぱさは半分くらいに感じます。一般的に砂糖もサトウキビからとったしっとり感のあるものではなく、ほとんどがサトウダイコンからとったもので、クリスタル状に結晶したグラニュー糖です。


ウィーンのケーキは一般にかなり甘く、特に有名な洋菓子ザッハートルテは、日本の甘さ控えめのケーキに慣れた方にとっては甘すぎると感じるかもしれません。こういった砂糖のきいたケーキには、ウィーン風の味わい方があります。カフェで甘めのケーキを注文すると、ウェイターさんにたいてい「シュラークオーバースはつけますか?」と聞かれます。シュラーク オーバースとは生クリームのことですが、砂糖を全く入れずにホイップしてあるので、ザッハートルテと一緒にいただくとその甘さがとけ合ってうまく中和されます。また冷蔵庫のない時代に、砂糖をたっぷりいれ、バタークリームをつかうことで常温で長いこと保存がきくように工夫した結果でもあります。伝統のケーキは昔ながらのレシピにしたがっていますが、一方では最近の傾向に対応して、甘さ控えめや糖尿病の方むけの新しいケーキも作られています。また、コンディトライによっては全体的に甘さをおさえているところもあります。


コールマルクトからみた王宮のミヒャエル門

コンディトライ(Konditorei)というのは洋菓子を製造販売するお店のことですが、たいていカフェが付属した「カフェ コンディトライ」となっています。市内にカフェ コンディトライは100軒余り。帝国時代には、宮廷にお菓子を納める「宮廷御用達菓子司」に指定された、選り抜きのコンディトライが何軒かありました。現在でもウィーンにはその“称号”を許されている菓子製造元が3軒あります。


「宮廷御用達菓子司」の看板を掲げるデーメル

ウィーンのお菓子屋さんの代表として、3つのなかでも最も古く、規模も一番大きなデーメルにご案内しましょう。創業は1786年ですから、オーストリア王女マリー・アントワネットの嫁ぎ先フランスで、革命が起こる少し前です。それ以来現在にいたるまで、経営者はデーメルの一族から何度か替わり、今ではDo & Co という大きなレストラン企業の傘下にあります。ザルツブルクとニューヨークにもカフェ コンディトライを出店、販売網は日本はもちろん世界の主な都市に広がっています。本拠はウィーン市街の一等地、ヨーロッパの名門ブランドが軒を並べるコールマルクト。街路の先にある王宮のミヒャエル門が通りの背景になり、とりわけ美しい通りです。


デーメルのショーウィンドウに見入る人々

上品な高級感あふれるケーキ売り場

箱入りチョコレートのいろいろ

デーメルの広いショーウィンドウはその折々面白いディスプレイが人目を惹いて、道行く人は思わず立ち止まってしまいます。ドアを入ると、内部はさすが伝統の老舗と思わせる落ち着いた上品な高級感に満ちています。マホガニーの戸棚に囲まれ、シャンデリアのもとにはさまざまなケーキの並んだショーケース、その先はスタンドとカフェになっています。右奥は鏡をめぐらせたロココ調の装飾のショールームで、おしゃれなパッケージに入ったすみれの砂糖漬けやチョコレート、ケーキ、ジャムなどが陳列されています。いろいろなチョコレートのパッケージの絵柄は、古風でノスタルジック。絵をながめているとウィーンの古きよき時代が彷彿としてきます。


階上のカフェの一室

店の奥のカフェは狭いですが、階上にも席があります。いわゆる「ベルエタージュ」と呼ばれる、建物の中でもっとも立派な作りの天井が高いフロアで、濃いマホガニー色の扉にマッチしたテーブルと椅子、シャンデリアが上品で落ち着いた雰囲気。ゆったりケーキを召し上がるなら、階上のほうがおすすめです。


以前は店の奥に中庭があって、庭とその周りがカフェになっていました。今ではその中庭はつぶされ、菓子工房がおかれています。全面ガラス張りのアトリエの ようになっていて、お菓子を作る様子がカフェから見物できます。現場では若い菓子職人さんたちが、生地をのばしたり、クッキーの型抜きをしたり、焼きあ がったパイを切り分けたり、デザインのスケッチをみながらマジパンで動物を作ったり、それぞれの作業に取り組んでいました。


マジパンと取り組む職人さん

デーメルの菓子職人シェフ、ムーテンターラーさん


デーメル菓子職人のシェフであるムーテンターラーさんによれば、仕事が始まるのは毎朝4時半だそうです。お店が開くのは朝9時なので、それまでに仕上がったひと通りの種類のケーキがショーケースに順次並べられていきます。ざっと数えたところ40種類と見積もったのですが、実際はなんとゆうに60種類とのこと。それら全ての種類を通常のレパートリーとして毎日焼いているそうです。その他に結婚式やバースデーケーキなど特別な注文にも応じています。日本におけるウィーン伝統菓子の専門家として有名な横溝春雄さんは、このデーメルで修業なさいました。その頃ムーテンターラーさんはまだデーメルにはおられなかったそうですが、ここにはいろいろな国から入れ替わりでお菓子作りの研修にきているとのことです。


デーメル三代目女主人の名がついたアンナトルテ

デーメル伝統のお菓子ザッハートルテやアンナトルテは日本で通信販売もしているので、もうおなじみの方も多いことでしょう。どちらも良質のチョコレートを たっぷり使ったチョコレートケーキです。コンディトライではそれぞれ自店のケーキには独自の名前をつけていますが、共通した名前で呼ばれているものを ウィーンのケーキの定番とすれば、ザッハートルテのほか、クリームの層が何層にも重ねられたエスターハージートルテやドボシュトルテ、ウィーン風アップル パイのアプフェル シュトゥルーデル、ジャムと格子模様が特徴のリンツァートルテなどがあげられます。写真のケーキはすべてデーメルのものです。

フルーツを盛ったケーキ、丸いチョコボンベ、細長いズィーサー ゲヌス

トルテの品揃え

K. u. K. Hofzuckerbäcker Demel
住所:Kohlmarkt 14, A-1010 Wien
Tel. +43 – (0)1 – 535 17 17 – 37
Fax +43 – (0)1 – 535 17 17 – 26
営業時間:毎日9.00 – 19.00


文/写真:© Seiko Suzuki