最古のケーキレシピ ― リンツァートルテ

リンツの名物、リンツァートルテ


フェストアルピーネの鉄鋼工場夜景

船を思わせるアース・エレクトロニカ・センター

ウィーンから西高速道でザルツブルクに向かうと、ちょうど半分ほど行ったところで工場の建物や煙突の密集した地帯が見えてきます。そこがオーストリアを代表する工業都市、大規模な鉄鋼業で知られるリンツです。人口は19万人ほどですが、それでもオーストリアでは第三の大都市。ドナウ河岸に立つ未来のミュージアム、アース・エレクトロニカ・センターは、オーストリアきってのモダンなこの町を象徴しています。けれども工業地帯は市民の生活の場から距離をおいた地域に集中していますから、市街は工業都市の殺伐としたイメージは全くありません。ここに工業が発達したのは19世紀になってからですが、その昔はモーツァルトの「リンツ交響曲」が生まれ、大聖堂にブルックナーの奏でるオルガンが響き、大学ではケプラーが天文学の講義をしたという、一方ではまさに文化の香り高い都市でもあるのです。旧市街の裏通りや広場にその頃の様子を偲ぶことができます。ここにご紹介するリンツァートルテは、「リンツのトルテ」の意味で、この地の名物となっています。


市場や催しの行われる中央広場

古い建物の中庭、アルカーデンホーフ

アルカーデンホーフでのコンサート

広場のカフェ


冷凍のリンツァートルテ

リンツァートルテは誰が考案してそう名付けたのかは不明ですが、ザッハートルテやエスターハージートルテが1800年代なかばに生まれたものであるのに比べ、この起源はそれからさらに200年もさかのぼります。リンツ市によれば、1653年に書かれた料理の本にこのレシピが登場しており、オーストリアはもちろん世界でも最も古いトルテといえます。ウィーンでも定番ケーキのひとつですが、本場はなんといってもリンツ。この町では名物としてどのコンディトライでも欠かすことはありません。レシピは350年前のバロック時代に広まり、その頃の料理の本でもすでに4つの異なるレシピがあったようです。現代のレシピと違って、昔は常にブッターシュマルツを用いていました。これは無塩バターを沸騰させて水分を取り除いた澄ましバターで、英語のギー(ghee)にあたります。この精製バターは長期間常温で保存ができる利点がありますから、冷蔵庫のない時代にそれなりの工夫だったわけです。それからジャム以外に香料は使っていませんでした。今日のリンツァートルテに使われているシナモン、クローブ、ナツメグのような香料は、当時のヨーロッパにはまだもたらされていなかったのです。


このケーキの目印は、赤スグリのジャムの上をおおった格子模様とその周囲を飾るスライスアーモンド。生地はスポンジではなくヘーゼルナッツとバターをたっぷり使っているので、サクサクしています。ウィーンでもポピュラーなケーキで、スーパーには冷凍のものも見かけられます。作り方は下記の通り、比較的簡単。「トルテ」と名前はついていますが、生地の間にクリームやジャムの層がいくつもある本来の「トルテ」とは違い、またジャムをぬったりアーモンドをまぶしたりするのは焼く前の作業ですから、タイプからいえば実際は「クーヘン」の部類に入れるべきでしょう。


<リンツァートルテの材料>
バター 150 g
小麦粉(タイプ700) 250 g
粉砂糖 150 g
ローストしたヘーゼルナッツ 100 g
卵 1個
香料(バニラ、レモン、シナモン、クローブ)
ベーキングパウダー 10 g
赤スグリのジャム 300 g
スライスアーモンド


まずバターと砂糖をこね、それからふるった小麦粉とベーキングパウダー、ナッツ、卵、香料を加えてさらによくこねます。生地を冷蔵庫で休ませ、しばらくしてから取り出して4等分します。4分の3を直径22センチ、厚さ1.5センチに延ばし、その上に赤スグリのジャムをぬります。残りの4分の1の生地でジャムの上に格子模様をつけ縁取りをします。卵をぬり、縁にスライスアーモンドを飾ったら190℃のオーブンへ。40-45分焼いたらできあがりです。


リンツァートルテの味見テスト

だいぶ前のことですが、週刊誌上で国内の有名なコンディトライ製のリンツァートルテについて、味くらべをしたことがあります。審査員は写真(*12)上から(人名は省きます)、レストラン「シュタイヤーエック」の4つハウベのシェフ(「ハウベ」とは、優秀なシェフへ賞として授与されるコック帽マークのこと)、レストラン「マルヒフェルトホーフ」の支配人、ホテル・ザッハーの支配人、ホテル・ヴィエンナ・プラザのパティシエ長、レストラン「ローター・ヴォルフ」の2つハウベのシェフ、TVの人気シェフでレストラン調理師養成学校校長という、味についてそうそうたる顔ぶれの6名。対象となったのは、帝国宮廷御用達菓子司のデーメルとハイナー、皇帝の夏の保養地バート・イシュルの旧御用達菓子司ツァウナー、ウィーンのアイーダ、グラーツのツォッター、本場リンツのインドラックとニーメッツのあわせて7軒で、審査は製造元など詳細を伏せて行われました。満点は審査員一人に付き20点で、合計すると120点が満点。どれも水準以上の味ですが、そのなかでも100点以上は「素晴らしくおいしい」、~80点は「とてもおいしい」、80点以下は「おいしい」となります。一番下の欄の合計点で、高い順に上位は、左からインドラック、ハイナー、アイーダという結果でした。7軒のうち一番右端にきたのは…意外にもデーメル。デーメル製はネームバリューからか100gあたりの値段ではインドラックの3.6倍ですが、「外見がリンツァートルテらしくない」、「香料が効きすぎている」、「ジャムが塗られていない」、「ナッツが粗すぎる」などという意見でした。ハイナー製は「アーモンドがついていない」ものの「香料の加減がちょうどよい」などで、100点以上を獲得してインドラックに次いでいます。値段を比べればハイナーとアイーダはインドラックのほぼ2倍。アイーダはウィーンだけでチェーン30店以上もある大量生産のカフェ コンディトライですが、よい評価がでています。個人の好みもあるでしょうけれど、他のものはリンツァートルテとしてどこか欠点がありました。


インドラックのリンツァートルテ


トップのインドラックはリンツでリンツァートルテを作り続けて80年の老舗です。以前からここのものがオリジナルのリンツァートルテとされてきました。外見は地味で目立たない小さな店ですが、この味くらべで、ここがリンツァートルテにかけては味で右にでるものなしの上、100gあたりの値段も7軒のうちで一番低く、最もコストパーフォーマンスのよいことが改めて明らかになったわけです。


このケーキは生地がしっかりしていて型くずれしにくい上に比較的長持ちしますから、日本へのおみやげにも適しています。また作り方も簡単ですから、気の向くままに手作りしてみてはいかがでしょうか。


写真協力:© Stadt Linz, © voestalpine
(文・その他の写真: © Seiko Suzuki)