カフェ・ハヴェルカ ― 一代で築いた伝説

三代のハヴェルカ ファミリー


カフェ・ハヴェルカのあるドロテーア街

現役のハヴェルカ氏、壁のポスターより

聖シュテファン大聖堂からほど近いドロテーア街にある小さなカフェ。知らなければ通りすぎてしまうような地味な店構えですが、この店が戦後ウィーンの伝説的カフェハウス、カフェ・ハヴェルカです。

レオポルト・ハヴェルカ氏がこの店を始めたのは1939年のこと。けれどもまもなく、戦争のために閉店して疎開を余儀なくされます。戦争が終結して1945年に焼け跡のウィーンに戻ってみると、もう残骸と化しているに違いないと思っていた店は、奇跡的に焼け残っていました。そうしてカフェ・ハヴェルカは戦後いち早く再開となります。物資の乏しかった時代、コーヒーを薪スト―ブで沸かし、奥さんと二人で店を切り盛り。他のカフェハウスの閉鎖と相まって、次第に「ハヴェルカ」は、ウィーンに再び戻ってきた文筆家や知識人の集まるところとなりました。19世紀末の文人カフェを代表するツェントラールやグリーンシュタイドルはもはや崩壊していましたし、大きなカフェとはちがって個人経営の小さなカフェならではのよさが、戦後の文化人たちを惹きつけたのでしょう。

昔のままの表看板には30年代の素朴さがあります。以前、狭い店内はタバコの煙がもうもうと立ち込め、コンサートや演劇など催物のポスターがいっぱい貼られた壁も、ヤニで黒ずんでいました。最近は飲食店での喫煙規制が厳しくなって、テーブルから灰皿が消えるとともに、むせ返るような煙たさはなくなりました。内装は70年前の創業当時のままです。古ぼけた椅子とテーブル、年季の入ったコート掛け、そういった使い込んだ調度品も、アットホームに落ち着ける理由のひとつかも知れません。店内はほの暗く、日の光の入る窓際で何やら書きものをする人、店主の絵のコレクションが飾られた壁、それを前に語らう人々 ― この70年続いてきた光景に違いありません。


ほの暗い質素な店内

陽気のいい日は野外で

ポスターが一面に貼られた壁

本屋の袋をかたわらに、書きものをする人

現在のカフェ・ハヴェルカは孫アミールとミヒャエルの三代目の世代を迎えていますが、二代目のギュンターも、そして初代のレオポルトもまた、未だに健在です。創業者のハヴェルカ氏はこの4月に満100歳の誕生日をむかえました。この記念すべき日のことは、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙や、アメリカのワシントン・ポスト紙でも報じられたほど。カフェでも特別にお祝いがありました。集まった人々は、作家や芸術家から音楽家、歌手、俳優、政治家や近くの大聖堂の司祭まで、現代の文化を担う多彩な面々。長年のなじみ客の幅の広さがうかがえます。ハヴェルカ氏は、昨年末に骨折してから引きこもりがちになったそうですが、店主たるもの「いつも店にいるべし」の一念を持っています。現役の頃は、テーブルの間を回っては一見の客にもひとりひとり声をかけ、なじみ客に冗談を飛ばしたりして気さくに話しかけるのが常でした。そういう人柄が、居心地がよくてくつろげる「居間」を作りだしてきたのでしょう。孫の代になってもいつも店に顔を出し、奥さんがまだ健在のころは奥のテーブルを前に夫婦そろってすわり、客の出入りを見守っていたものです。ガイドブックをみてやってくる客も多く、客のご希望ならば一緒の記念撮影にも応じていました。ハヴェルカ夫妻、そしてその後を引き継いだ息子と孫にわたる三代の店主のポスターが、今カフェの壁を飾っています。


この店の名物、プラムのジャムがはいったブフテルン

ここは料理はありませんし、印刷されたメニューもありません。ケーキもパイやクーヘンが2,3種類あるだけですが、そのなかでもこの店の名物は「ブフテルン」。「カフェ・ハヴェルカ」の名と結びついているほど有名です。これはハヴェルカ氏の両親の故郷ボヘミア(チェコ)で生まれたお菓子で、四角に区切り目 がついたペイストリー。奥さんのヨゼフィーネは2005年に91歳で亡くなるまで、このブフテルンを客のために毎日焼いていました。レシピは奥さん独自の もので、秘密。ここのものはブリオッシュのような生地にプラムのジャム入りです。


ハヴェルカ夫妻、 壁のポスターより

レシピ通りに作ってもうまくいくとは限らず、パン種でふんわりふくらませるには、経験が何よりもものを言うそうです。変わっていることには、このできあがりはいつも夜10時ごろなのです。今は70歳になる息子のギュンターがこのブフテルン作りを受け継いでいますが、この習慣は変わりません。お客は焼きたてブフテルンを目指すなら、夜中に出かけるほかありません。できたては皮がパリっとしていてやはりおいしい。オペラやコンサートの後にでも立ち寄れば、暖かいブフテルンが出来上がっています。深夜2時まで営業。


素朴な看板のあるカフェの入り口

Café Hawelka
Dorotheergasse 6
1010 Wien
Tel: +43 (1) 512 82 30
Fax: + 43 (1) 32 815 31

<営業時間>
(火曜を除く)月-日: 08.00 – 02.00
祝日: 10.00 – 02.00
ブフテルン: 22.00 から


追悼
レオポルト・ハヴェルカ氏は2011年12月29日、100歳の天寿を全うし安らかに永眠されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。


(写真・文: @ Seiko Suzuki)