2年間で星を2つに!Passage 53の日本人シェフ

~小さなパッサージュに誕生した 大きな星~

「あのレストラン、きっともうすぐ星とるよ」。そんなうわさがパリで静かにささやかれたのは、2009年のこと。それは現実となりました。2010年度版ミシュランで1つ星、そしてその一年後には、2つ星に。オープンしてわずか2年でこの快挙を遂げたのは、今やその名を世界で大きく知られることとなった、佐藤伸一シェフです。


★本日の料理人
佐藤伸一さん

「アストランス」「ピエール・ガニエール」「シャマレ」などの星つきレストランでの修行を経て、2009年4月のオープンと同時に「Passsage 53」のシェフに就任した佐藤さん。その確かな腕で、レストランをわずか2年で2つ星獲得へと導きました。さまざまなエピソードがつまったフランス生活11年をお伺いします。


◆「行けばどうにかなる」と2000年に渡仏

地元北海道の専門学校で料理を始めた佐藤さん。料理人以外に、F1 レーサー、建築家・・・そんな夢を抱いたこともありましたが、「どうも非現実的だったんです。じゃ、料理人になるしかないな、と(笑)」。専門学校卒業後、ホテルのビアホールやレストランなどで約4年弱働いたころ、佐藤さんのもとに、パリ郊外のフレンチレストランが日本人の料理人を探しているという話が舞い込んできます。知り合いなし、フランス語ゼロ、けれども「行けばどうにかなると思って、翌日には『行く』と返事をしていました」と笑います。とはいえ、勢いで返事をしたものの、実は出発までの一ヶ月弱は不安も多かったそう。そしていよいよ、期待と不安を胸に、パリ郊外での住み込みの仕事をスタートさせるのです。


◆2001年秋、「アストランス」との出合い

ところが、実際に佐藤さんを待っていたのは、もともと思い描いていたものとはほど遠い料理や生活でした。田舎の大雑把なビストロ料理、店の真上のプライバシーのない住み込みアパルトマン・・・。さらに、ことばが出来ないもどかしさが加わり、まもなくしてストレスで体調不良に陥ってしまいます。人からもらった話だったこともあり、辞めづらく相当悩んだそうですが、結局は、友人たちからのアドバイスもあり、4ヶ月で辞職。その後は、パリのレストランの食べ歩き、ワインの産地への旅行など、佐藤さんの模索の日々が始まりました。「でも、なかなか出合えなかったんです、目指すものに」。フランスのどこがすごいんだろう、こんなものなのかと半ばあきらめが入ってきたころに、佐藤さんは「アストランス」(当時1つ星)と出合うのです。いい素材と、その素材を最大限に生かした味つけ、そして丁寧な料理・・・テーブルで料理を口にした佐藤さんは、「これだ!」と大きな衝撃を受けたのだそう。そして、その場で直々にシェフのパスカル・バルボ氏に働かせてもらえるよう交渉し、無給のスタージュ(研修)という条件で厨房へ入ることを許されます。「直々とはいっても、その時点では僕はフランス語ができなかったので、一緒に食べに行った友人に思いを伝えてもらったんですけどね」とにっこり。

アストランスでの仕事は「楽しくて楽しくて仕方がなかった」という佐藤さん。いきなり魚部門のシェフを任され、無我夢中の毎日を過ごしていたといいます。佐藤さんの真面目な仕事ぶりと料理のセンスは高く評価され、当初は無給で始めたスタージュが、半年経ったころには、無給ではなくなっていたのだそうです。


◆「アストランス」を離れ、新たなフィールドへ

アストランスでの2年が経ったころ、
バルボ氏は佐藤さんに労働許可証取得の手続きを提案します。ところが、これだけ楽しいアストランスでの仕事にも関わらず、ここに残ることが果たして良いことなのか、佐藤さんは自問自答することになります。答えは、ノー。「今なら、どこへ行っても得るものがあるはず。まだまだ、他のレストランでの経験も積んでみたいし、大好きなワインのことも学びたい」。佐藤さんは、一旦日本へ帰国してワーキングホリデービザを取得し再び渡仏、それからはブルゴーニュ地方のムルソーのワイナリーで白ワインの醸造について学んだり、いくつかの星つきレストランで修行したり、はたまた出張料理人として活動をしながら、さまざまな人脈をつくり上げていきます。そんな中で出てきた、知人からの「一緒にお店をやろう」の提案。いよいよ東京でレストラン出店ということになり、最先端の料理で知られるスペインの「ムガリツ」へ修行に出かけた佐藤さんは、あることに気付きました。「手品みたいな料理で、確かにおもしろみや奇抜さはあるんですが、僕のスタイルではなかった。僕はやっぱり、フランスの食材のうまみが好きで、それを使って料理を作り続けたいんだな、と」。佐藤さんの中でのそんな気持ちの変化もあり、スペイン滞在中、東京で出店予定だったところをパリ出店へと方向転換し開業計画を進めていました。ところが無念なことに、さまざまなことが重なり、後にこの計画はボツとなってしまうのです。


◆焦りと、葛藤。そして、新たな一歩。

いい話があっては、そのたびに消えていく。自分が親しくしている料理人たちは、どんどん大きくなっていく。そんな状況の中で焦りを感じ、「自分も前へ進まねば。とりあえず、どこでもいいからシェフとして働きたい」と思うと同時に、どこでもいいと思う自分に対して、妥協はしたくないと思う自分との葛藤もあったといいます。せっかくの開業計画が消えてなくなり、その後も出張料理人を続けていた佐藤さん。最高の食材を選ぶところから始まり、ゼロから一人でつくり上げていく10皿以上の完璧なコースメニュー。料理に合うワイン選びも、佐藤さんの役目。「買い出し、仕込み、調理、すべて一人でやるわけですから、1回のオーダーに余裕で丸3日くらいはかかってしまう。お金を稼ぐためではなく、僕の料理を分かってくれる人たちに、僕の料理を味わって欲しいという気持ちでやっていました」。週1ペースで出張料理を続けていた佐藤さんのファンは、日本人だけでなく、フランス人たちの間でもみるみるうちに増えていきました。


そして2009年。親しくしていたお肉屋さん「デノワイエ」の家族が出すビストロ「Passage53 」のシェフに抜擢され、新たな一歩を踏み出すことになります。「オープン2週間前に決まったんですよ(笑)。もともとは僕じゃなく、別の人がシェフになる予定だったんですが、実際に料理を作らせてみたら・・・ダメだったんですね。それで、急遽、僕に声がかかったんです」。ビストロのシェフという話でしたが、「経営者のギョーム(現在は、佐藤さんとの共同経営)とは『いいもののためにはお金を惜しまない』という点で考えが一致していたので、ビストロでも了解したんです。売上をしっかりあげれば、いつか自分の料理を作らせてくれるようになるだろう、と。約2年で、厨房も僕ひとりから3名くらいにして、ビストロからガストロノミーレストランにしたいと考えていました」と佐藤さん。すでにこのとき、佐藤さんの頭の中で、Passage53を舞台とする数年後のビジョンが出来上がっていたのです。


◆3ヶ月を待たずして、ビストロからガストロノミーレストランへ

2009年4月、小さなパッサージュ・デ・パノラマの53番地にビストロ「Passage53」をオープン。36席の料理すべてを佐藤さんひとりで担当します。ランチはお肉の1メニュー、ディナーはアラカルト。出張料理人時代の佐藤さんのお客さんや、おいしいお肉の卸業者として有名なデノワイエを知る人たちがこぞって通い、そこに食ジャーナリストたちの高い評価も拍車をかけ、お店は連日の満員御礼。そして、まもなくしてこんなことが起こり始めます。出張料理人時代からのお客さんに、2~3品を特別に出す→それを見ていた別の人からもリクエストが入る→それを一度味わった人たちから、「コース料理にしてほしい」との要望が出始める・・・。コース料理。まさにそれは、佐藤さんが望むことでもありました。睡眠時間2~3時間の毎日が続き、体力も限界に近づいてきたタイミングで、佐藤さんは経営者のギョームさんに提案します。「アラカルトだと、注文の偏りが出てきてストック管理が難しい。いっそのこと、コース料理にしよう」。

結果、ギョームさんは、佐藤さんと共にメニューが書いてある黒板をゴミ箱に投げ捨て、ガストロノミーレストランへと生まれ変わる決意を固めるのです。オープンから3ヶ月待たずして7月にはコース一本に変更、夏休みの休業期間を利用して店内を改装、そして9月には新生Passage53としてスタート。今度はビストロではなく、ガストロノミーレストランとして。


◆一つ星、そして二つ星へ

新生したPassage53は、厨房もひとりではなく、チームとして始動することに。日本での経験が豊かで実力もある檜垣シェフからの熱心なアプローチを受けていた佐藤さんは、Passage53の飛躍には彼が不可欠であると判断、自分のもとへ呼び寄せます。こうして9月からは完全に佐藤さんの望むスタイルに変更、そして見事なチームワークで2010年版ミシュランで星を獲得!「檜垣くんをはじめ、優秀なスタッフがそろっていたおかげです」。もちろん、1つ星を獲ったあとは、2つ星を目指していたという佐藤さんですが、「1つを獲った時点では、まだ2つの話は現実的ではなかったんです。自身の食べ歩きのおかげで、そこに到達するためには足りないものが何なのか分かっていたので、足りないものを少しずつそろえていこうと思っていました」。


ところが、その一年後には2つ星を堂々獲得。「まさか獲れるとは思っていませんでした(笑)。正直、2つをもらった今でも、『これで本当に2つ星でいいのか?自分がお客さんとして食べに来た場合、星を2つあげるか?』と思う部分はあるので、納得できるまでしっかり埋めていきたいと思います」。妥協を許さない佐藤さんの研究は、とどまることを知りません。


◆極上のお料理、拝見!

それではここで、Passage53で味わえるお料理の一部をご紹介しましょう。

まずは、佐藤さんのスペシャリテ、前菜の「イカとカリフラワー」。白でまとめられたその姿は、美しいのひとこと。カリフラワーの軽やかなピュレの上にほんのり焼かれたイカ、そのうえにふわっと盛りつけられているのは、うすくスライスした生のカリフラワー。カリフラワーの2つの異なった食感と、ほどよく火の通ったイカの歯ざわりがうまく溶け合った、相性抜群の一品です。


こちらは、メインの「ヒラメのローストと季節の野菜」。ハーブがふんだんに添えられ、色使いも美しく、食欲をそそります。ソースは、コック貝のジュ(汁)にリベッシュというハーブを加えた香り高い仕上がり。さすがは佐藤さん、魚のうまみはしっかり引き立て、身はしっとり柔らかいのに生臭さは一切なく、火入れが完璧であることが伺えます。


そしてこちらは、ムニュ・デギュスタシオン(110ユーロ)のコースでいただける、5種のデザート。濃厚なタルト・オ・ショコラ、生アーモンド入りのさくらんぼ風味のフロマージュブラン、その他、アプリコットや桃、ピンクグレープフルーツをふんだんに使っています。しっかりと料理を味わったあとでも、上品な味つけで重すぎず、しっかり別腹におさまるのがうれしいところ。


◆次なる目標は、『3つ』

日本人初の2つ星ということについて、佐藤さんはこう語ります。「僕がたまたまそのタイミングだっただけで、2つ星をとることができる日本人は他にもたくさんいます」。せっかく料理の腕はあっても、星を獲得するのに必要なそれ以外の要素である『ハコ・サービス・ワイン』の全てがそろっているところがなかなか存在しないだけだと、ご自身の遂げた快挙についてはあくまでも謙虚。「必要な要素があるところにいてタイミングが良かっただけ、よいスタッフがいてくれたおかげ」、と謙虚で感謝の念を忘れない佐藤さんのその姿は非常に好感が持てます。10年以上に及ぶパリ生活には、苦しいことも多々ありました。それらすべての経験があってこその、大きく輝く2つの星。「もちろん、今となっては3つ星も視野に入れていますが、今のハコやサービスのままでは無理。5年後くらいにお店の移転を考えているので、そのころには・・・!」。異例の速さで2つ星に昇格した佐藤さん、5年を待たずにまた世界中をあっと言わせてくれるような気がしてなりません。快進撃は、まだまだ続きます。


★Passage 53(パッサージュ53)
53 passage des Panoramas
75002 Paris
Tél : 01 42 33 04 35
営業時間 : 12 :00~ 15 :00、 19 :00~ 22 :30
定休日 : 日、月
最寄メトロ : 8、9号線 Grands Boulevards

※ランチは、60ユーロのコースと110ユーロのデギュスタシオンコースあり。ディナーは110ユーロのデギュスタシオンコースのみ。


文 : 内田ちはる
写真 : 新村真理